東京高等裁判所 昭和26年(行ナ)15号 判決
原告 秋山守雄 外一各
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事 実
第一請求の趣旨
原告訴訟代理人は、昭和年二十五年抗告審判第二〇〇号事件について、被告が昭和二十六年五月三十日になした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求原因として、次のように述べた。
一、原告等は、昭和二十三年六月五日その発明にかかる電波照射用車輛について特許を出願したところ、(昭和二十三年特許願第四八六七号)拒絶査定を受けたので、昭和二十五年五月一日右査定に対し、抗告審判を請求したが、(昭和二十五年抗告審判第二〇〇号)特許庁は昭和二十六年五月三十日「本件抗告審判の請求は成り立たない。」との審決をなし、審決書謄本は、同年六月五日原告に送達された。
原告等の右の発明の要旨は、抗告審判において訂正したが、次のようなものである。
自動車内に真空管発振器と直流発電機とを装定し、その直流発電機を自動車の発動機で駆動する車輛に連関して、これと共に廻転させて発電し、交流電源出力用滑動環で刷子を介して交流電源を得るようにして、これを真空管発振器に接続して出力電磁波を発生させるようにし、その電磁波をインダクタンスとコンデンサーのキヤパンテイによつて種々の発振周波数を変化するようにし、またインダクタンスの高周波磁界とコンデンサーの極版間の高周波静電界を変化することによつて、種々の超短波を発生させるようにして、これを自動車の停止中は勿論、移動中でも、自動車の発動機を起動することによつて、車内及びその自動車が到達することのできるあらゆる個所において、被処理物に照射することができるようにした電波照射用自動車である。
二、審決の理由は、本願発明に記載された手段の概略的根本思想が、超短波発振器を車輛内に取り付け、この発振器の電源を車輛の駆動用の動力源で発電させるようにしたもの、すなわち車輛内に取り付けた電気装置の電源を、車輛の駆動用の電力源で発生させるようにした点にあり、また電波照射の目的が、その明細書中に記載されている如く、生物体に超短波を主とする電磁波を照射することによつて、その成長を促進し、又は殺菌を施し、食物の処理乾燥若くはビタミンBを増加するにあるものと認められるが、そのような思想及び目的が、本願出願前国内に頒布された刊行物(前者については、特許第六二七七八号明細書及び昭和八年実用新案出願公告第七七六七号公報、後者については、昭和十六年四月二十日合資会社共立社発行生物医学用応用電気学一三七頁乃至一四〇頁)に記載されていて、従来公知であるとしている。
三、しかしながら、右の審決は、第一に、原告等の発明の根本思想を誤解しているものである。
原告の発明の根本思想は、前述したように、「自動車の停止中は勿論、移動中でも、自動車の発動機を起動することによつて、車内及びその自動車が到達することのできるあらゆる個所において、被処理物に照射することができるように」したことであつて、その結果として、停車中は勿論、随時移動して必要な地点で、生物体に超短波を主とする電磁波を照射して、その成長を促し、または殺菌を施し、食物の処理乾燥若くはビタミンDを増加することのできる、構成至簡で取扱い容易な電波照射用自動車を、非常に安価に得る目的及び工業的効果を達成するものである。
四、次いで、審決が引用した前記の各刊行物の記載を、原告等の発明の要旨と比較すると、次のような著しい差異がある。
(一) 合資会社共立社発行生物学医学用応用電気学一三七頁乃至一四頁(以下引用例甲という。第甲五号証ノ一、二)は、超短波を植物及び動物に照射してその発育を促進し、かつ殺菌ができる理論と、その実験成績を示したものであつて、原告等の発明のような、無制限に随時に移動して、固定的装置なしで被処理物に超短波を照射することができるようにした、訂正明細書に記載したように構成した電波照射用自動車を知ることができず、却つて原告等の発明の効果を裏書するものに外ならず、原告等の発明の新規性に関しては全然無関係である。
(二) 特許第六二七七八号明細書(以下引用例乙という。―甲第六号証)は、原動機例えば内燃機関と、車輛推進機構との中間に、補助機関として発電機を設け、その発電機の発生する電流で、車体上の電気装置例えば探照灯電気熔接装置等を運転させるようにし、原動機が車輛推進機構に働くときは、前記補助発電機の動作を停止させるようにした探照灯自動車である。従つて自動車の運転中は電気装置は起動できないものであつて、原告等の発明のように、固定した電源を必要としないので、随時移動して、無制限に、被処理物に超短波を照射するために使用するには適しないし、原告等の発明の前述した根本思想にも合致しないから、原告等の発明の新規性を否定する引証にはならない。
(三) 昭和八年実用新案出願公告第七七六七号公報(以下引用例丙という。―甲第七号証)は、自動車の車室内に自動車の機関による動力によつて運転される発電機を装置し、その電力を車室内に設けられた電動機、変圧器等に供給するようにし、その他のみ、つち等種々な機器を備えた応急修理用自動車の構造を記載しているが、原告等の発明がこれを要旨としないことは、前述のとおりであるから、この引用例も、原告等の発明の根本思想に合致せず、その新規性判断の引証にはならない。
五、原告等の発明は、前記一の後段に述べたような電波照射用自動車を要旨とし、その結果として、二に述べたような工業的効果を生じさせているが、引用例からはこれを想到できないことは前記比較によつて明かであり、また引用例からは、この工業的効果も生じない。
およそ工業的発明とは、工業的効果を生じさせる自然力利用の思想であるから、一の機械が各部分の組合せから成り、その組合せによつて、特殊の効果を生じさせた場合において、これを組成する各部分が、各別に観察するときは、公知に属し容易に応用することのできる程度のものでさえ、特殊の効果を生じさせる組合せから成る点において、新規の発明であるというべきことは、大審院判決大正九年(オ)第一三〇号及び同昭和六年(オ)第二三二〇号の明かに示すところであつて、原告等の発明が、前述するように引用例からは想到できない工業的効果を生じさせるものである以上、その一部の構成が、よし引用例の一部に思想的に記載されたとしても、これによつてその新規性を喪失する筋合はない。
従つて審決が原告等の発明を目して、公知の目的を達成させるために公知の手段を採用し、そこに種々の周知の機構或いは手段を単に具体的に詳記したに止まり、その間何ら発明思想の存在を認めることはできないから、特許法第一条に規定する新規の発明を構成しないと断定したのは、違法である。
六、審決は、原告等の発明は構成至簡で使用が容易であるから、非常に安価であるとの原告の主張は、前者は拒絶理由の趣旨を誤解し、後者は格別の効果とも思われないと認定しているが、右の理由も首肯することができない。この点で、審決は審理を十分尽くしていない。
第三答弁
被告指定代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、原告の請求原因事実に対して、次のように述べた。
一、請求原因一及び二の事実は、争わない。
二、原告等の特許出願明細書中特許請求の範囲には、その前段において、種々電気的接続その他の手段を詳述しており、「自動車の発動機で起動する車軸によつて運転される直流発電機」が、超短波を発生させる電源、すなわちヱネルギー源であることは明かであるから、後段における記載、すなわち「自動車の停止中は勿論、移動中でも自動車の発動機を起動することによつて」超短波を発生させることは、技術的に見て、当然の径路であり結果でもあつて、その発生された超短波を車の内外を問わず、被処理物に照射すること、並びにその自動車が到達することのできるあらゆる個所において照射することは、自動車の移動性と超短波の射出方向の決定によつて、自ら可能なことであつて、右後段は、単に抽象的にその目的、或いは当然の効果を記載したものに外ならない。従つてこれを以つて、発明の概略的根本思想とすることは、目的と手段とを混同したもので、原告三の主張は、理由がない。
三、引用例甲は、「超短波を照射することによつて、生物体の成長を促進し、または生物体その他の食品の殺菌を実施することが、従来公知であることを示したものであり、引用例乙及び丙は、「車輛内に取り付けた電気装置の電源を、車輛の駆動用の動力源で発生させる」例として、挙げたものであつて、「自動車の運転中も電気装置を起動し得る自動車」の例或いは「被処理物に超短波を照射する自動車」の例として挙げたものでなく、新規性の判断は後述するとおりであるから、引用例に関する原告の主張は、引用の趣旨の誤解に基くものである。
四、既に述べたように、原告の比較論の根拠には種々の誤解があり、審決が引用例を示した趣旨も、前述のとおりであるから、原告主張のように、それが一部の機構であるかどうか、引いては新規性の喪失となるかどうかは十分検討すべきであるばかりでなく、他方原告が引用した判例の結論も、直ちに本件の場合に適用すべきかどうかは、発明の性質及び場合の考量を十分につくして始めて決定できることであつて、原告のいうように直ちに結論できないものである。
原告の明細書の特許請求の範囲には、従来公知又は周知の手段の単なる選択湊合せられたものと、それより当然予想される目的及び作用とが記載されており、自動車に真空管発振器を装備する必要が生じたとき(その必要に想到する段階において発明を構成するほどの思想的飛躍のない限り)には、単に「必要に応じて当業者の容易になし得るもの」となさざるを得ない。さらに、真空管発振器は超短波を発生するための当然の装置であり、前述したような超短波による種々の効果が従来公知である以上、原告の明細書に記載されたような目的の一つ、即ち移動自在にしようとする尋常の目的を達成するのに、従来随時に採用されているごとく、自動車に装備することによつて達成せんとすることは、そこに何等飛躍的思想の存在を認めることができない。結局原告の特許請求の範囲に記載されたところを全体として考察して、公知の事実から特に発明力を要しないで、当業者が容易に実施し得るところと認めることは妥当であつて、審決は相当である。
五、最後に原告の主張六は、審決の理由を誤解したもので、同所に前者というのは意見書第三項を指称したものである。次いで後者の「本願の発明は構成至簡で使用が容易であるから非常に安価であるとの原告の主張」は、その首肯するに足る具体的理由に乏しいばかりでなく、至簡、容易或は安価の程度がどの程度であるか、或いは何に比較してそうなのかを知るに由ないから、「格別の効果とも見られないと認める。」と記述したのであつて、原告のいうような審理不尽はない。(証拠省略)
三、理 由
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者に争がない。
二、原告等の発明の要旨は、自動車内に真空管発振器と直流発電機とを装定し、その直流発電機で駆動する車軸に連関して、これと共に廻転させて発電し、交流電源出力用滑動環で刷子を介して交流電源を得るようにして、これを真空管発振器に接続して出力電磁波を発生させるようにし、その電磁波をインダクタンスとコンデンサーのキヤパンテイによつて、種々発振周波数を変化するようにし、又インダクタンスの高周波磁界とコンデンサーの極版間の高周波静電界を変化することによつて、種々の超短波を発生させるようにして、これを自動車の停止中は勿論、移動中でも、自動車の発動機を起動することによつて、車内及びその自動車が到達することのできるあらゆる箇所において、被処理物に照射することができるようにした電波照射用自動車であることは、右認定にかかるように、当事者間に争のないところであり、その眼目とするところは、超短波発生装置を自動車に載せて移動自在とし、かつ、自動車の発動機を超短波発生装置用の発電機の駆動に共用したものであると解せられる。
三、次にその成立に争のない甲第五号証によれば、引用例甲(昭和十六年四月二十日合資会社共立社発行、生物学、医学用応用電気学)には、超短波の照射によつて生物体の成長を促進しまたは殺菌のできることが記載されていることが認められ、その成立に争のない甲第六号証によれば、引用例乙(特許第六二七七八号探照燈自動車明細書)には、その発明の性質及び目的の要領の項に、「本発明ハ原動機例ヘハ内燃機関ト車輛推進機構トノ中間ニ補助機関トシテ発電機ヲ設ケ、該発電機ノ発生スル電流ヲ以テ、車体上ノ電気装置例ヘハ探照燈、電気熔接装置等ヲ運転セシメ得ヘクシ、而シテ、原動機カ車輛推進機構ニ働ク時ハ前記補助発電機ノ動作ヲ休止セシムヘクナシタル自動車ニ係リ、其目的トスル所ハ電力ヲ要スル各種ノ装置ヲ随時ニ運搬シ、自動車ニ設備セル簡単ナル補助発電機ヲ以テ之ヲ完全ニ運転シ得ヘカラシムルニアリ。」と記載されている。
またその成立に争のない甲第七号証によれば、引用例丙(昭和八年実用新案出願公告第七七六七号応急修理用自動車公報)には、自動車の車室内に自動車の機関によつて運転せられる発電機を装置し、この発電機の出力は配電盤を経て、車内に設けられた揚水ポンプの電動機その他各種の電気装置に接続せられ、かつこの他に種々の機器を備えた、自動車の進行中でも発電することができる応急修理用の自動車についての記載がなされていることが認められる。
四、今右引用例乙及び丙に示されたものと、原告等の発明とを比較して見ると、電気装置を自動車に載せて移動自在とし、かつ、自動車の発動機を電気装置用の発電機の駆動に共用する思想において、両者は全く一致し、殊に原告が強調した自動車の移動中でも電機装置用の発動機を起動し得ることは、引用例丙に認められるところであるから、両者の差異は、原告等の発明は、その電気装置が引用例には示されていない超短波発生装置であり、従つてこれに附随する装置が右引用例とは違う点である。
しかしながら超短波によつて生物の成長が促進され、または殺菌のできることは、引用例甲によつて、原告等の出願前公知であり、かつ超短波発生装置の移動が、従来の技術を以ては不可能であるとされていない限り、電気装置の一種である超短波発生装置を移動自在とすること及びこれに自動車を用い、その発動機を超短波発生装置用の発電機の駆動に共用しようとすることは、その可能性を引用例乙、丙が示唆しているものといわなければならない。すなわち前記の差異は当業者が必要に応じて引用例から容易に想到し得る程度のものでその間格別の工夫を要するものと認められる点を見出し得ない。
更に、原告等の要旨にかかげられた他の部分、すなわち(イ)連動機構並びに発電機の構成を含む発振装置に関する部分は、当業者の技術常識を以つて、任意設計として為し得る程度のものと認められ、(ロ)要旨中段のインダクタンス及びキヤパンテイに関する部分は、発振周波数を変化する尋常の手段であり、(ハ)要旨末尾の、自動車の停止中は勿論、移動中でも自動車の発動機を起動することによつて、車内及びその自動車の到達することのできるあらゆる箇所において、被処理物に照射することができるようにした部分は、引用例と同じく自動車によつて移動自在にしたものに共通の事項ともいうべき当然の帰結で、これ等の点が、原告等の発明を殊更に特徴づけているものとは認められない。そして原告等の発命の効果とするところは、発振装置や周波数変更手段に基くものではなくて自動車によつてその動力を利用する超短波発生装置に、移動性を附与した点にあるものと解せられるから、右(イ)、(ロ)、(ハ)が、原告等の発明の眼目である「超短波発生装置を自動車に載せて移動自在とし、かつ自動車の発動機を超短波発生装置用の発電機の駆動に共用したもの」と結合して、特殊の効果を発生するというような筋合のものとは認められない。
すなわち、原告等の出願にかかる発明の要旨は、前記引用例甲、乙、丙の存在を前提として考察すれば、当業者がこれに到達するのに特に発明的な思想を要するものと認めることができないし、またこれら引用のものから、想到することができない程の工業的効果を生じさせるものであるとは認められないものといわなければならない。
五、最後に、原告は審決には請求原因六にかかげたような審理不尽の点があると非難しているが、審決書によれば、その一部「前者」に関する部分は、被告のいうように、原告の誤解に基くものであることが明かであり、また「後者」に関する部分については、その理由のないこと、前段に判示したとおりであるから、原告のこの非難は当らない。
六、以上の理由により、原告の発明は、特許法第一条に規定する新規の発明を構成しないものとなし、原告の抗告審判請求は成り立たないとした審決は正当であるから、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。
(裁判官 小堀保 梅原松次郎 原増司)